小豆島で健診未受診自力出産。

それぞれ自分らしいお産がしたい、 お産という素晴らしく壮大な営みを人任せではなく自然の流れで生活のなかで自分でしたい、というような強い信念があって。
それに、島に一件の産科での妊婦健診の苦痛さに心がとても深く傷ついて、もう受けたくない気持ちがとてもとても強いことも関係している。


そんな気持ちわかるから、
どうしてもイヤなんも相性が合わんのもわかるから、
お産はあなたと赤ちゃんのものであるけれど、命はふたりのものではない、と思ってるから、
産むのは自分、 島から出ないで産むなら健診受けれる大丈夫と思ってる。

何かあったらみてくれる島に一件の産科。

赤ちゃんの命までは夫には負わせられない何かあったら救急車という気持ち、何かあるかないかは感じる力を磨いていればわかる、検査を受ければ何かに頼る隙をつくる、何かあると感じた時点で受診する、検査でわかったリスクの低い不安要素ばかりに気を取られる妊娠生活はごめん、妊娠中はストレスなく過ごすことが大切、というような気持ちもなんとなくわかる。
思うことは、
何かあって病院へ行って、
健診を受けていないことで2つの命に何かあるかもしれないということ。
その命のまわりにはたくさんのほんとうにたくさん人の心があること。
自分と赤ちゃんを感じれば、人の心も感じる。

どこで産むかの話ではなく、ほんまに嫌なんわかるけど、赤ちゃんとお母さんを大切に思ってる。

傷ついて、私からみたら苦渋の選択をしないでもいいようになってほしい。

スタッフやシステム側産む側双方歩み寄れたらいいのだけど。

私、複雑な感情を持っていたり、勝手に背負いすぎたり、自分の気持ちを押し付けたりしていたから、人間関係で悩んだけれど、ほんとう繊細なんやなぁ家で産む人がいてもそんなもんかもなぁ、でも妊婦健診は行ってほしいと思ってる、と思うようになったかな。

それでもしょっちゅう夢をみる。

思いに寄り添えているかしら。
無事に産まれますよう心から祈って。


shiho



 2015_10_04



3度目のお産、いろいろぐるぐるしたけれど、私のお産。

病院なんて絶対ナイ!って思ってた。
でも今の我が家の状況からして、島から出るのもナシやった。

思い込みをとっぱらって、自分とめっちゃ向き合って。体つくりもほどよくやって。
こだわりすぎて見えなくなってたこともあったてわかった。かな。

本能のままに自然の流れにのって、そしてたくさんのあたたかい見守りの輪のなかで元気なあかちゃんを迎えることができたことに心から感謝しています。

小豆島で産むこと。
選択肢はたくさんはないんやけど、お産には色々あって、その一つ一つの良いところ、悪いところを理解した上で、自分にあったお産方法を選んでほしいなと思います。

介助を受けても自分次第で自然な流れのお産はできるし自分と赤ちゃんのもつ力を輝かせれる、安心して命を迎えてほしいから、夫婦だけで産むことがないようになったらいいなて思ってる。

誰にもじゃまされずに自然の流れにのって産むことが、何かあってもそれは自然の流れというのが、究極なのか、私にはわかれへん。
自然なことを自然にする、 間違ってはないんやけど、昔のままがいいんでなくて、今を生きてる。
少しの介入で命が守られることがある。医療的にも精神的にも。
やりすぎや経済の流れにのりすぎの医療は好きくない。
もちろんお家で産みたい人を支える体制があったらいいなぁと思う。
今を、島で、生きること、地に足をつけて、赤ちゃんを無事に送り出すことが、私のできることと思って。
持続可能な暮らしってそういうことちゃうかなって感じる。
それは、お産だけでなく、これから子どもが大きくなって世に出て行くことにもつながってる。
介助を受けても受けなくても、お産という自然の営み、みんな、赤ちゃんとお母さんのもつ力で産まれてくる。
どんなことが起こっても、どんな時と場所でも、産むのは、自分。

自然な営みに、促進剤や切開など介入することに抵抗がある人もいるかもしれないけれど、
病院というシステムや病院や個人にも問題はあるところもあるけれど、
多くの人が自然なことを自然にできなくなっている暮らしにも問題はあるのかなと思う。
それで、責任がどうこうって、先生や病院ががちがちになってしまう。
お天道様とご先祖様に感謝して、土と水と大切にして、つながりの中で暮らしていたら、お産は自然なこと。

ちなみに、都会と違う生活環境もあるし、
自然にできることを自然にやる、というスタンスなので、
医療の介入はとても少ないです。
母乳育児率も高いみたい。

そして、島から出ずに島で産める選択肢があることにも感謝しています。

赤ちゃんは、親も、時も場所も選んでやってくる。
小さな命はあまりに神秘的で、それだけで輝いてる。

だいじょうぶ。

ありがとう。


看護師さんが撮ってくれた写真。みんな笑ってる~
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今回お友だちにいただいたり貸してもらった本たち。
(図書館でも本屋でも出産の棚に立つことなかったな~。。。)
産前・産後のからだ革命―安産とキレイの秘密 吉岡 マコ著 
体にも心にもオススメ~
特に骨盤呼吸!コレいいょ、今でもこれやったら眠れる。陣痛中にもよかった。

産褥期2
この本のお陰で、委ねて感謝すること、産褥ヘルププロジェクトが具体的になってった。
お産前後にママの周りの人にぜひ読んでもらいたい。

赤ちゃんにもママにも本当に大切な 産前産後7週間の過ごし方 たつのゆりこ著
お家でもできることたくさん。字も大きいし、イラストもゆったりしていて、穏やかに読める。
これもママの周りの人にも読んでほしい。
偶然にも、表紙のモデルさんが着ている衣装は、お友だちのルナティカナパのヘンプの服!

目でみるアクティブバース ―マタニティーヨーガで自然出産 / メディカ出版
今治の日浅産婦人科医院の日浅先生の本。産むときの体勢だけでなく、体つくりからが、自分のお産。

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子どもたちと図書館で借りて読んだ絵本たち。
いのちつぐみとりびと
迎えるいのち、送るいのち。
タイガと泣きながら読んだ。ちょっとまだ難しいけれどじーっときいてた。

お母さんがお母さんになった日
どんな命も尊い命。

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子どもたちがしょっちゅう本棚から持ってきた絵本たち。
おへそのあな
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おへそのあな。まんげつ。なみ。ようすい。

うちにあかちゃんがうまれるの
ふたりとも写真の赤ちゃんによく話しかけてたなぁ。
 2013_04_06



「うわぁ、頭が出てきた。目、あいてる~。もうちょっとや、がんばれー」

赤ちゃんが生まれた日、僕は子供たちと一緒に19時ごろから寝てしまった。
21時ごろから陣痛がはじまった志保は、「夜中のお産ならこんな段取りでいこう」と予め相談していた通りに自分で病院や友達に電話してテキパキと動いてたみたい。福ちゃん、りっちゃん、ひなたが23時ごろに来てくれたときも「まさくんは、夜、長いかも知れんから、体力温存で、病院に行くときにおこすわっ」と、すごく落ち着いてたようで、福ちゃんもりっちゃんもびっくりしてた。0時ごろ病院に行って、陣痛室で、ふたりでいろんな話をしながら、陣痛を逃しながら、静かに過ごした。2時を過ぎて陣痛の間隔が短く、強くなって、3時前に破水したと思ったら、つるっと生まれた。

顔が出てきた時、目を大きく開けていて、待ち構えてた僕と最初に目があった。ような気がした。志保は、お産中、出てきた頭をなでながら、あかちゃんに話しかけてた。「あ~、出てきたん。会いたかったよ~」とかなんとか、そんなことを言ってた気がする。こっちは、興奮してそれどころではなかったので、あんまりよく覚えていない。強烈に覚えてるのは、産んでる最中なのに、あかちゃんの頭をなでながら、優しく話しかけながら、ゆっくり最後まで産みきった志保の、母親の偉大さみたいなものだった。助産師さんと僕で生まれたてのあかちゃんを、さささーっとすばやく志保の胸にのせたのでした。お産後の志保の顔は、とても穏やかでまろやかだった。

僕たちの要望を聞き入れてくれて、陣痛室のベッドの上でフリースタイルで生ませてくれた内海病院の先生と助産師さんたちに、心から感謝したいと思います。

泊り込みで、夜泣きのシズの面倒をみてくれた福ちゃん、りっちゃん、ひなた、ほんとにありがとう。ヘルプの体制をとってくれてたさっちー、じくちゃん、ちほちゃん、気にかけてくれてたみんな、いつも支えてくれてるみんな、ありがとう。タイガ、シズ、家でがんばってくれてありがとう。みんなのおかげで幸せなお産ができた。

志保、ありがとう。あかちゃん、ありがとう。

2月18日、3時前に2740グラムの元気な女の子が生まれました。

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 2013_02_18



「赤ちゃんが生まれたら、なにもできんようになるなぁ」と思ってたけど、新しい命を迎えること以上に大事なことはないよなぁ。
「なにもできなくなる」っていうより「なによりも大事なことができる」ってことやな。
よしよし、心の準備も整った。いつでも出てこい!

シホは「すこし赤ちゃんがおりてきたかなぁ」とか言いながら屋根の上で昼寝。ぽかぽかな太陽の光に包まれて赤ちゃんもお腹の中で喜んでました。

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 2013_02_13



臨月に入ります。

お腹はまぁるくふくれて、赤ちゃんはすくすく育って、もう2500gを超えているとか。
Shizは2200gやったから、とうに超えてる!
寒いので体がこわばるし、なかなか家から出ないし、あちこち痛いぃ。

年末に内海病院の『マザークラス2』に参加してきた。
あれこれ説明きくというよりは、子どもたちと一緒に陣痛室と分娩室をみたかったから。
副院長が、「島でのお産は7割の人がいいかと思えるお産にすることが大事なので水中出産はできかねますが、できるだけご希望に沿いたいと考えているので、また健診時に相談して下さい」というようなことを言っておられたので、へぇ~沿いたいと思ってはるんやぁと意外に思いながら、相談するだけ相談してみようと思った。

もちろんお産は何が起こるかわからないので、絶対こうしたいという思いでなく、経過により以下のことを支えていただきたいので検討をお願いしたい、と書面に記し、健診時に話してみた。その時は副院長ではなかった。次回助産師と話をする機会を設けてくれるとのことだった。
(優先順位◎→○)

◎陣痛室や病室のベッドでのお産
◎娩出したらそのまま胸に抱くこと
◎0日目からの母子同室(マザークラスで話済み)
○泣くのを待つ
○胎盤の娩出を待つ
○臍帯を夫と子どもで切る(マザークラスで話済み)
○応援医師・助産師への以上の周知

そして、次の健診時。
健診では医師と顔をあわす前にまず内診室に入り、カーテンが惹かれた内診台にあがって、内診。
その着替え中に、向こうから院長がスタッフに話す声がきこえてきた。
それは、第1子を高松の助産院で産んで思うようにいかなかった家族の話。下の子を医療の手を借りずに出産したことを「懲りずにやっちゃうんだからしょうがないよねぇ。」と。むむむー。きこえてるでー。

内診が終わって診察室へ。
診察台に仰向けになり、看護師に腹囲や子宮低長を測ってもらい、医師のエコーを受ける。
そして椅子に座って、体重や検査結果の話。
「これまでの経過は順調であり、まぁ大丈夫と思うけれど、前回そうであったからわかるように、絶対大丈夫とはいえない。前回は、家で産もうとしたけれど途中で赤ちゃんがしんどくなって、助産師は責任をもって医大に送ってくれてよかった。」と。
そして、2週前に紙を渡した分娩・入院の話へ。

1.陣痛室や病室のベッドでのお産

「新病院ではLDR室を設ける。今はそうでないので、分娩台で産んでもらう。
陣痛室で産むことは、極端な話出張でお産をみるとかそういうことになってくるので、できない。」

2.娩出したらそのまま胸に抱くこと

「適切な処置をした後、裸のまま胸に抱いてもらっている。」

3.泣くのを待つ

「自然な経過をみたいってことでしょ。泣かせます。」(なぜか笑ってる)

4.胎盤の娩出を待つ

「香川県内の分娩施設は全部産科医療保障制度に入っていて、将来その子に何かあった時のために臍帯血を採ることに決まっているので、待たない。」

ということをささーと話し、「もう1度よく考えてきて。それでもよければうちで産んで下さい。次回からはモニターがあります。」と話を終えようと。

説明下手なのと、話し合うという姿勢でないことに、がっくり。
説明がよくわからないので、再度きく。
1については、「飛び込みでくる人だっている。医師と助産師がついて高松へ搬送することだってある。そういう対応ができるようにもしておかないといけない。」例えがよくわからない。
もう1度きく。「陣痛が他の人と重なることもある、そういう人が適切な処置を受けられない。」
4については、同じ説明に加え、「出血が増えるだけなので待たない。」
マザークラスで助産師からは引っ張って出すときいたのだが待たないということはどういう流れか、ときくと、「いろんなパターンがあるから、イメージしてもしょうがない。」
モニターについては、「陣痛中ずっと着ける。今まで着けたことないんだったらイメージって言ったってイメージできないでしょ。モニターについてはよく勉強してきて。」
こらこれ以上話しても言い合いみたいなっていくだけでしゃあないわ。
「少なくともあなたよりはたくさんのお産をみてきていると思ってますから。」
「よく考えて、嫌なら助産院へ。今からなら、、、35週かぁ。」
って、そういうこと言ってるんやないのに。涙でてきた。
もちろん医師という立場上のことはあるが思いに寄り添うという姿勢でなくて悲しいこと、できるだけ希望に沿いたいという言葉を甘く信じて真面目に正面から向き合った自分が空しいやら情けないやらで、どんどん涙出てきた。
部屋を出た。

中央病院から応援にきてくれている助産師が、「マザークラスでは陣痛室が使用中でみれなかったから、陣痛室を見ますか」、と声をかけてくれ、「無理やり引っ張るなんてことはないですよ。大抵すぐに自然に出てきますから。」などフォローしてくれた。
陣痛室では前に話をききにいった唯一の助産師さんが待っていてくれた。

たくさんたくさん話をした。
「話せんと後悔すると思ったから話したんやったらよかったやんか。」
「うまがあわへんってことや。スーパーのレジとかでもなんやうまがあわへんけど実はそんな悪い人やなかったりするやろ」
「産むんは自分。辰巳さんとこの子や。」
「そんな考えすぎんとあと1ヶ月、笑って過ごしや。」
話せてよかった。

あと、「助産師は1人しかいないけど、看護師もみんな熱心に勉強して、母子同室はほとんど当たり前になってるのに、どうしてそういう情報は流れへんのかザンネン。」と言ってはった。
ほんまに流れてきてない。
新しい病院になって冷暖房が整えば、ほぼ母子同室や完全母乳でやっていることを表に出すのかも。

いやぁ、絶対分娩台がいやですとかいう意味でなかったんやけど、こんなこじれてしもた。
私がぽろぽろ泣いてるのも、希望が叶えられなくて泣いてると思ってるんやろかー。
人の気持ちがわかりにく人は、医学生時代に6年+1年くらい勉強せななー。
まぁ医師の9割以上こういう人なんはわかってるけど。

私の場合なんやかんや言うので、外来には助産師はいないけれど、裏でたくさんの人が支えてくれている。
赤ちゃんと私の力を。

こんなんで、医療に嫌悪感を抱く人は多い。
そんなんで、自分たちだけで産もうとするのは悲しい。

私、ほんまは嫌やけど内海で産もうって思ってるんではない。
赤ちゃんは無事に産まれてくる、どんなお産になるか楽しみやな。と思ってる。

産後のヘルプ、たくさんの人にgoogleドキュメントでシフトを共有することをお願いしたり、社協に相談してみたり、一時預かりのリトルビーンズに少しずつ慣らしたり、しましまでもちょことずつ離れてみたりして、なんや準備しております。

そんなこんなで一番の気がかりはShiz!!
話中も夫に抱っこされながらぐずぐず~。
頑張ってるから、夜泣きが始まってる。
お産中どうなることやら~。
これでも精一杯がんばってるのワタシ、ぎゃおーーーーーーーーーーー
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そして頭でっかちな我が家はどうなることやら~。
楽しみであります。


ご先祖さま、お日さま、ありがとうございます。

どうぞよろしくお願いします。

 2013_01_27




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プロフィール

瀬戸内・小豆島の築90年になる古民家に暮らす。小豆島に引越し6年目。どうしようもない旅好き夫婦と一男三女。旅するように島の暮らしを楽しみたい。

Author:瀬戸内・小豆島の築90年になる古民家に暮らす。小豆島に引越し6年目。どうしようもない旅好き夫婦と一男三女。旅するように島の暮らしを楽しみたい。

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